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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2157号 判決 1957年12月24日

第一審原告(昭三〇(ネ)第二〇七七号事件 控訴人・昭三〇(ネ)第二一五七号事件 被控訴人) 有限会社浅間建材社

第一審被告(昭三〇(ネ)第二〇七七号事件 被控訴人・昭三〇(ネ)第二一五七号事件 控訴人) 国

訴訟代理人 津野茂治 外三名

第一審被告(昭三〇(ネ)第二〇七七号事件 被控訴人) 楠本進

主文

第一審原告の本件控訴並びに当審における拡張請求(金員支払請求及び租税債務不存在確認請求共)はいずれも棄却する。

原判決中第一審被告国に金員の支払を命じた部分を取り消す。

右部分についての第一審原告の請求を棄却する。(原判決中第一審被告国に登記の抹消を命じた部分は第一審原告の訴の取下によつて消滅した。)

控訴費用の全部ならびに第一審における訴訟費用中、第一審原告と第一審被告国との間に生じた部分はすべて第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告代理人は、昭和三〇年(ネ)第二〇七七号事件につき「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。原判決主文第一ないし第三項を削り、次のとおり(金員請求は原審認容部分を含む。)変更する。一、第一審被告国及び同楠本は、第一審原告に対し、連帯して金七一四八三三二円及びこれに対する昭和二六年一〇月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。もしこの請求が理由がないときは、第一審被告国及び同楠本は、第一審原告に対し、各自金七一四八三三二円及びこれに対する右同日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。二、第一審原告の第一審被告国に対する昭和二四年度、同二五年度給与所得税、同延滞金、督促手数料、昭和二六年三月三〇日現在額金二九二二七九円(第一審原告の昭和三二年二月一日附控訴趣旨訂正申立によれば金二九二二七九円五〇銭とあるも、その事実上の主張よりすれば、金二九二二七九円の誤記と認める。)の租税債務は存在しないことを確認する。訴訟費用は第一、二審共第一審被告らの負担とする。」との判決及び金員支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、昭和三〇年(ネ)第二一五七号事件につき、控訴棄却の判決を求め、第一審被告国代理人は、昭和三〇年(ネ)二〇七七号事件につき、「本件控訴並びに当審における拡張にかかる請求はいずれも棄却する。右に関する訴訟費用は第一審原告の負担とする。」との判決を求め、昭和三〇年(ネ)第二一五七号事件につき、「原判決中第一審被告国の敗訴部分を取り消す。右部分についての第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。

各当事者の事実上及び法律上の陳述は、第一審原告及び第一審被告国の各代理人において次の如く述べたほか(第一審被告楠本は合式の呼出を受けながら当審における各口頭弁論期日に出頭しない。)、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第一審原告代理人の陳述

一、当審における請求の概要

(イ)  第一審原告(以下単に原告という。)は、原判決摘示の如く第一審被告国(以下単に国という。)及び第一審被告楠本(以下単に楠本という。)その連帯による金七六〇九九三二円の賠償請求権を有し、内金六六万円については楠本に対し勝訴の確定判決を得ているところ、原審においては右賠償請求権額から右六六万円及び原審で原告が国に負担する租税債務に対し相殺に供した賠償請求権内額二九二二七九円を控除した金六六五七六五三円のうち五〇〇万円について請求したのであるが、当審では右六六五七六五三円全額について請求するほか、後記の如く原告の租税債務は相殺でなく時効によつて消滅したことを第一次に主張するので、原審で相殺によつて消滅したとした賠償請求権内額二九二二七九円についても請求すべく、なお原告が後記の如く家具、什器類につき被つた損害金一九八四〇〇円についてもその賠償を求める。よつて当審では被告らに対し右合計金七一四八三三二円とこれに対する不法行為後なる昭和二六年一〇月一日以降の遅延損害金の連帯支払を求める。

(ロ)  右第一次請求のほかに、予備的請求として被告らに対し右金員の各自支払を求める。

(ハ)  もし損害金の支払が原状回復義務の不履行を理由とする場合においては、遅延損害金は訴状送達の後たる昭和二六年一〇月一七日以降とする。

(ニ)  原審でなした登記抹消請求の訴はこれを取下げ新たに新訴を追加し国に対する租税債務の不存在確認を求める。

二、従前の主張の一部訂正等

(イ)  昭和二五年九月二六日の差押当時における原告の滞納税金額は金二一七二七五円(原告の昭和三一年一月二四日附準備書面参照を指示している原告の昭和二七年二月二〇日以降準備書面には、右金額を二一七五七五円としてある。)であり、原判決二枚目裏八行目及び三枚目裏九行目の当該金額をかように訂正する。もつとも原告が原審で相殺をした昭和二九年一二月六日当時における滞納税金額が二九二二七九円であつたことは認める。

(ロ)  原判決七枚目表五行目に「三十分も」とあるのを「一時間三〇分も」と訂正する。

(ハ)  楠本は、昭和二六年三月三一日公売代金を、一部現金で大部分自己振出小切手で、日本銀行歳入代理店三和銀行武蔵野支店に納入したのであつて、原判決三枚目表七行目及び七枚目表六行目をこの趣旨に訂正する。

(ニ)  原告は、本件公売の決定は昭和二六年三月二八日であつたと主張する。本件で、国主張の如く入札加入保証金の定めがないので、公売代金は即時納入を要するとすれば、右二八日に現金入金がなければ再公売をしなければならず、仮りに公売決定の日が三月三〇日であつたとしても、同日納入はなされず、翌三月三一日に至つて小切手で納入されたのである。原告は、代金納入期限は三月二八日、遅くも三月三〇日であつた、と主張するのである。

(ホ)  原告は、原判決五枚目裏三行目に記載の如く本件公売処分が当然無効である、と主張するものではない。公売処分は違法であり、かかる違法行為につき公務員に故意、過失があるから国に賠償責任があり、また本件違法処分は楠本との共謀または幇助であるから国及び楠本は共同不法行為の責任がある、と主張するにすぎない。

(ヘ)  原判決添附目録(三)のAないしFの機械器具は他のGからLに至る「全部の物件と共に(昭和二六年)四月二五日楠本は他に売却した」との楠本の原審における自白(昭和二九年二月二六日(二二日の誤と認められる。)陳述の楠本の昭和二六年一一月二〇日附(一〇日附の誤と認める。)答弁書、昭和三〇年(二九年の誤と認める。)九月一三日陳述の昭和二九年九月一三日附答弁書)及び「四月二五日保管中の物件と共に他の本件公売物件全部を売却した」との国の原審における自白(原判決一六枚目裏終三行)(なお同所に摘示してあるのは楠本の陳述であり、国の自白というのは誤と認める。)を原告の利益に援用する。そして原告の主張のうち原判決六枚目表七行目及び九枚目表三行目の部分を「楠本は、原判決添附目録(三)A、Bの機械器具をその記載の日にそれぞれ撤去して保管していたが、四月一六日から同月二五日頃までの間に他に売却し、CないしKの物件はLの建物と共に四月二五日頃他に売却し、右目録記載の日に譲受人において撤去しまたは取り壊したものである。」と訂正する。そして原告が被告らの自白を右の如く援用した(当審昭和三一年三月六日の口頭弁論期日)後は被告らはその撤回をすることは許されない。

(ト)  原判決添附目録(三)、(A)(二)及び(四)の器具についても原告の所有であることを主張し、所有権侵害による損害賠償の請求をする。また右物件は公売の当時はすでに原告に買い戻してあつたのであるが、国はその所有権が中谷藤太にあるとの抗弁を提出したので、中谷の損害賠償請求権の譲渡を受け、当審では右抗弁を援用して予備的に右譲受人として国に請求する次第である。右譲受の日は昭和三〇年一一月四日、譲渡通知到達の日は翌一一月五日である。仮りに中谷が国に対し所有権侵害による損害賠償請求権を有しなかつたとすれば、同人は不当利得返還請求権を有していたことになるから、予備的に不当利得の返還請求をする。

(チ)  原判決添附目録(二)の一枚目表二行目に「壱千七百六拾四番地」とあるを「二七六四番地」と、同裏二行目に「壱棟参坪七合五勺」とあるを「一棟建坪三坪七合五勺」と各訂正する。

三、国と楠本は共同不法行為により連帯責任あることについて。

A、(一)斉藤係長は、(昭和二六年)三月五日の第一回公売に際して原告及び第一番抵当権者たる復興金融金庫等にも通知せず、公示板に掲示もせず、公売したと称して楠本を落札人とし、その後三月九日頃から岸本に対して、楠本に落札せしめ楠本から買い取るようにすすめ、その方が税金の外抵当債権も消えて有利であるといい、斉藤と楠本は共謀して不法行為をしたか、または斉藤が楠本の不法行為を幇助したのであり、三月二六日の公売期日において斉藤、楠本らが事前打合をし、仮りに楠本が鑑定人でなかつたとしても公売最低価格が六六万円程度であることを予め知つており、楠本の作為した中村貞臣の入札は公売を流すための行為であつて、開札の結果たまたま飛入の飯倉の入札が楠本の入札以下であつたことを幸とし、再入札すべきをなさず、楠本を落札人とした等、楠本、斉藤両名の共謀不法行為(共謀不法入札)であることは明らかである。原判決摘示の請求原因三、(イ)、(二)ないし(四)の一連の事実によれば、両名の共謀、少くとも斉藤が楠本を幇助または教唆して行われた不法行為であることが明らかである。

(二) 本件の如く入札加入保証金の定めがあるにこれを徴していない場合には、公売代金は即時納入すべきであつて、かかる場合は右代金の納入の有無によつて入札の意思の有無を定むべきで、中村の入金なきによつて入札者に公売代金の納入なきものとしてこれを取り消し、国税徴収法施行規則第二七条の再入札を行うべきであり、ほしいままに第二順位の入札者に公売決定すべきではない。

(三) 入札加入保証金の納入のない場合は即時公売代金を納入するを要するところ、楠本はその納入をしていないのであるから、公売代金は公売決定の日たる三月二八日(おそくも同月三〇日)までに現金納入すべきを、三月三一日小切手で納入したに過ぎないのに、三月三〇日に公売代金領収証を発行している。

(四) 斎藤の三月五日の第一回入札からの斡旋行為、三月二六日の楠本との打合、入札加入保証金の差入なきこと、違法に楠本を落札者と決定したこと、入札時間過ぎての入札を認めたこと、公売代金現金入金のないのに領収証を交付したこと等一連の違法行為によれば、両名の共謀不法行為は明らかである。

B、仮りに積極的に共謀不法行為または幇助もしくは教唆がなかつたとするも、四月一日以降しばしば本件公売の違法につき注意を喚起したのに対し、税務署長は取り消すべき旨言明し、斎藤は取消の電報を発しながら後に正式の取消でないと主張した等の事実は、故意または過失により消極的に不作為により楠本の不法行為を幇助したものである。たとえ国税徴収法所定の正式の再調査請求ではないとしても、少くとも原告の申出によつて税務署長は公売の違法性を認識したのに拘わらず、矯正手段を講ぜず放置し、原告に損害を生ぜしめたことに、請託による故意か少くとも過失による不法行為の幇助があると認むべきで、これらの事実が国に連帯責任を生ずる法律事実である。

四、因果関係及び損害額について。

(一)  原判決添附目録(三)A(一)ないし(四)の物件は楠本において四月二五日他に売却した旨の国及び楠本の原審における自白を援用すること前記の如くであり、五月七日公売処分の取消があつても原告の物件回収を不能にしその所有権を侵害したので国に賠償責任があり、たとえ右目録A(二)及び(四)の物件が中谷の所有であつたとしても、前記の如く原告は同人から賠償請求権の譲渡を受けたので、その物件価格二〇五一八六円について支払を請求できる。(原告提出の昭和三一年一月二四日附準備書面第二、二、(一)の記載は、右目録A(二)、(四)の物件に関し、同年四月一五日附準備書面の趣旨によつて以上の如く補正されたものと解する。)

(二)  同目録BないしFの物件も楠本は四月二五日他に売却し、CないしFの物件はそれぞれ目録記載の日に譲受人が撤去したもので、右楠本の売却により既に楠本は所有権を失い五月七日の取消があつても原告の物件回収を不能にしその所有権を侵害した。(原告の昭和三一年一月二四日附準備書面第二、二、(一)の記載中B物件の撤去者も譲受人なるかの如き記載は日時関係から誤記なること明瞭である。なお、原告の同年四月一五日附準備書面参照)

(三)  同目録GないしKの物件及びLの不動産も楠本において四月二五日他に売却し、ただ譲受人の撤去がそれぞれ目録記載の日になされただけであるから、楠本は四月二五日以後においては所有権を失い、原告は物件の回復を不能とせられたものであり、国及び楠本に対しこれらの物件についても共同不法行為として連帯責任を追求することができる。

(四)  仮りに同目録GないしLの物件が五月九日の楠本の公売取消通知受領後に撤去、取壊、転売せられたとすれば、楠本の一応の所有権は右取消により原告に復帰したのであるのに、楠本はこのことを知りながら右行為をしたものであり、故意に原告の所有権を侵害したものであつて、楠本の右所有権侵害の不法行為は、本件違法の公売処分があつたため楠本は国の公売許可書を所持し、不動産については嘱託による登記によつて所有権を有する如き外観を有することによりなし得たものであり、かつ国は動産については楠本から占有を回復し、不動産については登記を抹消し、完全に原告にその所有権を回復せしめる責あるに拘わらず、原告の占有回復、登記抹消の請求を容れずその手段を講じなかつたので、これがため楠本の前記撤去、取壊、売却を可能ならしめるに至つたのであつて、これら物件に関する損害も国の作為及び不作為の不法行為により生じたもので相当因果関係があるから、国は楠本と連帯してGないしLの物件についても(AないしFについては勿論)損害賠償責任あるものである。仮りに国に動産の占有回復、登記抹消の義務がないとしても、五月九日以後の楠本の不法行為によつて原告が所有権を回復することの不能となつたのは、国の違法な公売処分に基き損害を生ぜしめられたもので、相当因果関係がある。

(五)  仮りに共同不法行為が認められず、AないしFの物件については楠本は一応公売処分によつて所有権を取得したものであるからその撤去、売却は不法行為を構成しないとしても、公売取消によりその遡及効の故に原告に所有権が復元するから原状回復義務があるのに、既に楠本は撤去、売却して了つて原状回復ができないので、原状回復義務の不履行による損害賠償義務がある。この場合AないしFについては国は不法行為上の責任、楠本は原状回復義務不履行の責任がある。

原告主張の如く本件物件全部の転売が公売取消前に行われたとすれば、楠本に債務不履行の損害賠償の責任はないが、国の不法行為の結果原状回復を不能ならしめたものであるから国に不法行為上の責任があり、もし五月七日の公売取消後GからLまでの物件の売却、取壊が行われたとすれば、楠本は既に右取消によりこれら物件の所有権が自己にないことを知りながら、故意または過失により原告の所有権を侵害したものであるから不法行為の責任があり、または原状回復義務の不履行の責任がある。その不法行為または債務不履行は国の不法行為と相当因果関係があるから国と楠本は連帯責任がある。

五、株式会社太陽商社に差押及び公売の通知がないことの違法について。

四月一一日原告及び太陽商社の代理人は、差押及び公売の通知のないことその他を理由として公売の取消を請求し(この主張に基いて税務署長は取消の電報を発したのに正式の取消でないとした。)署長は理由あることを知りながら五月七日に至るまで取消をしなかつたもので、もし右の通知の欠缺の理由で直ちに取消をしたならば本件損害を生じなかつたもので、太陽商社は本件物件の新公売期日に入札し、滞納税金引去残金につき交付を受け、なお残金あれば原告にも交付せられた筈であり、残余金のあることは損害評価が七六〇万円以上であることにより明らかであるが、仮りに残余がなかつたとしても太陽商社の債権の弁済をなし得たこととなり、その範囲において原告は債務を免れたこととなる。従つて同社に対する前記通知のなかつたことは原告に損害を被らせたこととなり、この結果は署長らの認識し、少くとも過失によつて認識しなかつたものである。よつて原告は右差押及び公売の通知の欠缺を原因として国の不法行為責任を追求することができる。

六、工場抵当法の準用について。

国税徴収法には工場抵当法第二条、第七条の如き規定もその準用規定もなく、抵当権についての規定たる工場抵当法の規定を抵当なる観念のない国税滞納に準用すべき根拠はない。工場の性質上国税滞納処分にあつても工場抵当法の趣旨を尊重すべきであるが、だからといつて機械器具の差押は不要であり、差押なくして公売しても違法でないとはいえないのであつて、署長が工場抵当法の趣旨を無視し、機械器具の差押をなさずして直ちに公売公告及び公売をしたことこそ右見解からいつて署長に故意または過失があつたものというべきである。仮りに工場抵当法の趣旨から建物の差押が機具に及ぶとすれば、三月九日の建物の差押のみで足り、九月二九日の什器類の差押は不要たるべきのみならず、三月九日差押の建物についての(昭和二五年)七月二五日の公売を原告の違法の指摘によつて取り消したのもその必要がなかつたことになり、かかる事実を看過して再び機械器具の差押なきまま公売したことは故意、過失である。

七、規則(国税徴収法施行規則)第二七条が訓示規定でないことについて。

規則第二〇条の加入保証金についてさえ現金または国債に限ることを規定してあり、昭和二九年三月三一日政令第五〇号によりはじめて加入保証金に銀行振出小切手を認めたことに鑑みれば、第二七条の公売代金については現金でなければならぬ趣旨であり、また訓示規定でないことも明白である。

八、公売物件の引渡を受けないで撤去した権利侵害について。

公売処分においては保管解除通知があり、国の引渡があることによつてはじめて所有権の移転を生ずるものと解すべく、少くとも原告は国に対し差押物保管の義務を負う点において引渡あるまで占有権は原告にありというべきであり、楠本の行為は原告の所有権または占有権の不法侵害である。右不法侵害の結果本件の損害を生じたもので、前記目録AからFに至る物件について楠本の不法行為または原状回復義務不履行責任のいずれについてもその原因を与え、国の違法行為と相当因果関係あるものであるから、国と楠本とは連帯して賠償責任がある。

九、本件公売が不法廉価見積による不法廉価公売処分であることについて。

(一)  原告の本件滞納処分は超過差押及び超過公売で違法の公売処分であるとの主張には、公売見積価格を不当に廉価に定めて、時価に比し著しく低廉な価格をもつてなした違法の公売処分であり、その違法につき故意または過失がある、との主張を含むものである。違法の理由として、税務署長、斎藤係長らが本件公売価格が不当に廉価であることを知りつつ楠本に対し六万円で落札した違法、仮りに故意がなかつたとしても、税務署長は原判決説示(その二八枚目裏三行から一一行目まで。)の如き見積価格算定の義務あるに拘わらず、漫然不動産の価格を算定したと称し、また機械器具についてもなんら規準なく評価し、さきに行われた機械器具の公売は工場抵当法の物件であるとの異議申立によつて自ら取り消しながらその評価を継承し工場抵当法の一体の物件として評価しないで個々の動産、不動産として評価したことは、前記の注意義務を尽さなかつた過失があることを主張する。

(二)  不法廉価の具体的事実

(1)  本件土地は、西武鉄道池袋線田無町駅の鉄道線路に直接隣接した土地で、同駅からは鉄道引込線があり、工場入口のみは駅前から約三〇間左側に約二〇間の進入路を進み工場入口に達するほか、その余の土地は鉄道用地に直接隣接し、工場用地としても住宅用地としても好適であり、このことは東京都が昭和二六年公営住宅用地として購入した事実によつて明らかである。

(2)  本件土地は平坦地で直ちに住宅地になる。戦時中六ケ月位軍自動車隊が使用したことがあるに止まり、いわゆる元兵隊屋敷でもなければいんねん地でもない。

(3)  居住者としては事務所に宿直の者がいただけで、岸本は外に住宅がありここに居住していない。他は工場で居住者なく、事務所の建坪は三〇坪で実測約二五〇〇坪の地上に三〇坪の事務所があつたのみである。立退料等考える余地はない。

(4)  本件土地の賃貸価格四八三円六六銭、建物は七五六円であり、昭和二五年度の固定資産税課税標準は賃貸価格の九〇〇倍であるから、その計算によれば宅地四三五二九四円、建物六八〇四〇〇円計一一一五六九四円である。そして当時の時価が右固定資産税課税標準の四倍から五倍であることは、土地二一〇七坪の一部である一八六七坪余(実測二一〇三坪余)を昭和二六年一二月坪当り八〇〇円計一六八二七二八円(即ち前記土地四三五二九四円の四倍)で、東京都が東京都財産評議会の決議を経て都営住宅地として購入した事実によつて明らかである。

(5)  原告の評価は、

1 土地、二一〇七坪 実測二五〇〇坪 二五四一一七六円((1) 固定資産税評価四三五二九四円の四倍、なお、(2) 東京都評価坪当り八〇〇円としても二〇〇万円)

2 家屋、二九〇五四五五円(建築価格から使用年数減価のもの、なお固定資産評価六八〇四〇〇円の四倍は二七二一六〇〇円)

3 機械器具、四七〇四四七七円(購入帳簿価格に値上り及び使用年数による減価をした価格)

4 家具什器、一九八四〇〇円

合計一〇三四九五〇八円であるが、仮りに右評価を最低に見積るも、

1 土地、四三五二九四円(固定資産税評価)

2 家屋、六八〇四〇〇円(同)

3 機械器具、

(イ) 七二六七〇〇円 小宮山評価(乙第一四号証の九二五一〇〇円から家具什器計一九八四〇〇円を除いたもの)

(右の三割減 五〇九一二〇円)

(ロ) 四八四八一〇円 黒田評価(乙第一三号証の五二八九一〇円から家具什器四四一〇〇円を除いたもの)

4 家具什器、

(イ) 一九八四〇〇円 小宮山評価(乙第一四号証から機械を除いたもの)

(右の三割減 一三八八八〇円)

(ロ) 四四一〇〇円 黒田評価(乙第一三号証から機械を除いたもの)

合計二〇四〇七九四円(黒田の最低評価によるも一六四四六〇四円となる。)となり、いずれにするも公売の評価六三万円は不当に廉価である。

(6)  小宮山は特殊調整により三割減の評価をし、公売の特殊性、ブロツク建築設備の特殊性を理由としているが、一般時価の算定にあたり、当初から-落札人なき場合減価さるるならば格別-公売の特殊性を理由として廉価に定めるべきではない。その特殊性を理由に特殊調整をなす如きは公売がたたき売りを原則とすることを是認するものである。(仮りに公売の評価において特殊調整をすることが正当であるとしても、原告の被つた損害の算定については右の特殊価格によるべきではなく、入手価格または建築価格から使用年数による減価償却をした価格、すなわち原告主張の前記価格によるべきである。)

一〇、家具什器に対する損害の賠償請求について。

当審においては家具什器に対する損害の賠償請求をも附加するが、物件の品目、損害額の算定については乙第一四号証の品目、評価額を援用する。乙第一四号証の記載は工場抵当法第三条の機械器具目録に基くもので、原告は不法行為当時右目録記載の物件全部を保有していた。

乙第一四号証中該当部分と認められるものを摘記するに次のとおり。

番号

品名

数量

見積価格

応接用小型花テーブル

五〇〇円

応接用傘入兼帽子掛

一、二〇〇円

合秤

一、〇〇〇〃

一二五畳

四、〇〇〇〃

書類入箱

四〇〇〃

セメント

五八六袋

五八、六〇〇〃

石灰

二〇〇袋

八、〇〇〇〃

単相変圧器

一〇、九〇〇〃

電話加入権

四五、〇〇〇〃

10

両袖机

二、七〇〇〃

11

片〃

九、五〇〇〃

12

三、〇〇〇〃

13

廻転椅子

一〇

三、八〇〇〃

14

座卓

一、四〇〇〃

15

応接セツト

一五、五〇〇〃

16

事務机

一〇

五、六〇〇〃

17

丸テーブル

八四〇〃

18

掛時計

八〇〇〃

19

電話器

一、〇〇〇〃

20

ラジオ

一、六〇〇〃

21

折たたみ椅子

四六〇〃

22

一屯用チエンブロツク

三、三〇〇〃

23

三馬力用ウインチ

一、四〇〇〃

24

応接セツト

五、〇〇〇〃

右合計 一九八、四〇〇円

一一、消滅時効の援用。

(イ)  昭和二六年三月三〇日現在の原告の国に対する昭和二四年度及び二五年度の給与所得税、同延滞金、督促手数料は二九二二七九円であるが、右滞納金額は一応公売によつて徴収されたけれども、その取消によつて公売代金六六万円は競落人に供託、払戻され右租税債務は復活した。然るに国はその権利を行使することを得る時、即ち公売取消の昭和二六年五月七日から五年間権利を行わないので、昭和三一年五月六日会計法第三〇条により時効消滅したものというべく、原告は右時効を援用する。(当審昭和三二年二月一四日の口頭弁論期日)よつて従来賠償請求権から相殺により二九二二七九円減少したとして請求していたのを改め、右金額を附加請求する。なお仮りに時効援用が理由なしとすれば、従前の相殺の有効を主張する。

(ロ)  単に公売が取り消されたのみでその前の差押は存続するから、差押の取消なき本件において中断の効力の持続により時効進行がないのではないかとの疑を生ずるが、本件差押物件中不動産については楠本への所有権移転登記嘱託により差押の登記は抹消せられたのであり、また仮りに差押はその登記の有無に拘わらず存続するとしても、既に楠本への所有権移転登記及び阿部泰典ら転得者への移転登記により既に楠本は所有権を失い、現在は原告は所有権を失つているので、差押は消滅に帰したものといわねばならず、また機械器具その他の動産については楠本において他に売却しおわり既に原告の所有権は存在しないものであるから、物件の喪失と共に差押の効力も消滅したものである。故に公売取消及び差押登記抹消によつてその権利を行使し得ることになつた昭和二六年五月七日以降時効は進行したのである。

(ハ)  国は、原告の原審昭和二九年一二月六日の口頭弁論における相殺の主張は本件租税債務の承認であるから中断の効力を生ずる、と主張するも、裁判上の相殺の主張は主として訴訟法上の効力を生じ従として私法上の効力を生ずるものであるから、訴訟においてその主張が撤回されれば従たる私法上の効力も失われるものである。本件において原告は差押登記抹消請求の原因として相殺の主張を訴訟上なしたに止まり、私法上の相殺の意思表示をしたのではない。原告は当審において従前の相殺の主張を撤回し、第一次の請求原因を消滅時効の完成とし、予備的請求原因として相殺の主張を維持したのであるから、第一次には相殺は撤回されたので昭和二九年一二月六日に相殺の意思表示が効力を生ずることはない。従つて同日相殺が債務の承認の効力を生ずることはない。(国はこの請求原因の追加変更に異議を留めず弁論した。)

一二、請求原因の要旨等。

(一)  本件請求は、国に対しては国家賠償法上第一条及び民法第七一九条により、楠本に対しては民法第七〇九条、第七一九条により、共同不法行為による両者の連帯損害賠償請求である。

(イ)  公務員の故意、過失

税務署長その他の国の公権力の行使に当る公務員が職務を行うについて故意に原告に損害を加えた。

その故意を立証すべき事実は、

1 滞納税金徴収のためには建物の一部、機械の一部の差押、公売で足りることを知りながら、全部の超過差押、超過公売をした事実、不当に廉価で評価し公売した事実(原判決の原告の主張三(イ)(一)及び(二)、(三))、

2 再公売すべきに違法に楠本の請託を容れ、これをなさず楠本に公売を決定した事実(同上三、(イ)(ニ)及び二、(一二))、

3 楠本が入札加入保証金を納入しておらず、入札適格を欠くこと、入札時間を守らず、公売代金現金が期間内に納入ないので再公売すべきに故意にこれをなさず、代金納入なきに三月三〇日公売代金領収証を交付して楠本の撤去、売却を可能ならしめた事実(同上三、(イ)(三)及び二、(七)、(九)、(一〇)、(一二))、(なおこの後段の事実は同時に楠本の不法行為を幇助、教唆した事実である。)

4 公売期日における入札は楠本を鑑定人とし、楠本は予め評価を知つており、その他打合をなし、楠本と斎藤係長との共謀違法行為であつて共同不法行為である事実(同上三、(イ)(四)及び二、(四)、(八))、

5 四月一一日違法公売を認識し公売取消の電報を発しながら、これを取り消した事実(同上三、(イ)(五))、

6 公売が違法であることを知りながら請託を容れ保全措置をなさず、不動産の登記をした事実(同上三、(イ)(六))、

7 公売を太陽商社に通知しなかつたこと及び右2ないし6につき原告の指摘により違法なることを知りながら楠本を幇助し、原告の取消請求に対して故意に取消決定を遷延し、よつて原告の原状回復を不能ならしめた事実(同上三、(イ)(六))、

(ロ)  公務員の過失

仮りに前記事実が故意でないとしても、右明白なる違法を知り得たに拘わらず、違法に処分した違法がある。取消を遷延したことは故意なるも、もしそうでないとしても過失不作為による不法行為である。

(ハ)  公務員の故意または過失を推認すべき事実

原判決摘示の原告の主張二、(違法原因について)のうち、その(一)太陽商社に対する通知をしなかつたこと、その(二)機械器具の差押をしなかつたこと、その(五)公売期日と公告との間に一〇日の期間をおいてないこと、その(六)公売公告に宅地の差押の記載のないことの違法たるは勿論であり、かかる違法は公務員の故意であるか、仮りにかかる故意がなかつたとしても明白な違法であるに拘わらず、かかる違法処分をしたもので過失である。右事実は公務員の故意、過失を推認すべき事実であると共に、前記(イ)、(ロ)の事実と相まつて公務員の故意、過失を証する事実である。

なお以上に関連して釈明するに、原判決摘示の原告の主張二、記載の事実は、その違法事実そのものが公務員の故意、過失を証する前提事実であつて、請求の原因たる事実である。

(ニ)  楠本に故意過失あることについては、前記(イ)の、2、4、6、7の如く公務員と共謀した事実及び原判決摘示の原告の主張三、(ロ)の記載を引用する。

(ホ)  国と楠本との連帯責任

1 前記(イ)の2、4、6、7等の事実により公務員と楠本との共謀共同不法行為であるから両者は連帯責任がある。

2 仮りに共謀がないとしても国は楠本の不法行為を幇助教唆したものであるから((イ)の3、4、5、6、7)、国と楠本は民法第七一九条により連帯責任がある。

(二)  予備的請求-国と楠本の各単独責任-について。

公務員と楠本とに共謀不法行為または教唆、幇助がなくて、単に公務員の過失である場合は、国は公務員の故意、過失による不法行為賠償責任があり、別個に楠本に不法行為上及び原状回復義務不履行の賠償責任がある。この場合両者は連帯責任ではない。

(三)  国の原状回復義務の履行としての損害賠償責任。

(イ)  本件は国に対し第一次に国家賠償法に基く損害賠償責任を追求するものであるが、さらに、仮りに公務員の故意、過失がなくても違法な行政権の発動に対しては国は原状回復の義務があると信ずる。行政庁は違法な行政処分をなすべからざる義務を負うと共に、その義務に違反したならば違法の結果を除去して原状に復すべき義務を負う。行政事件訴訟特例法第六条は同法第二条の訴にその請求と関連する原状回復、損害賠償その他の請求の訴を併合し得べき旨規定しているが、このことは行政処分の取消が認められても、行政処分により権利関係の事実状態に変更が生じている場合には、処分取消判決が効力を生じても権利関係の変更を受けた者の救済は得られないので、取消判決の外に原状回復、損害賠償その他の請求権を認め、抗告訴訟の関連請求として併合請求することを認めたものといわねばならぬ。

さて本件において国は違法の公売処分を取り消し原状回復をなすべき義務(事実上従前の権利状態に回復すべき義務、落札人に対し不動産登記については自ら登記の抹消を訴うべく、物件については現実に原告に回復すべき義務)あるところ、その取消は既になされたので、原告の今訴求すべきものは原状回復損害賠償のみである。ところで既に建物、機械器具は取り壊しまたは転売されて原状回復は不能であるから、原状回復義務の履行として物件相当額の損害賠償請求をなす外なく、国はかかる損害賠償の義務がある。楠本に原状回復義務があるからといつてかかる損害を生ぜしめた発端たる違法行政処分をした国の原状回復義務を否定すべき理由とはならない。

(ロ)  特例法第六条の賠償責任は違法処分に対する国の原状回復義務、その回復義務不履行についての賠償責任であるから、国家賠償法第一条の責任におけると異り、公務員の故意、過失を要しない。

(ハ)  原告は、国に対し従前は単に国家賠償法による責任を追求し、同法による請求を主張しつつ因果関係論において国の違法処分による原状回復責任を主張した。(前記四(四)参照)ここに国家賠償法による請求と併せて(予備的ではない。)国の原状回復義務を理由とする請求を主張する。従つて仮りに公務員の故意、過失が認められない場合と雖も、また仮りに公務員の故意、過失と相当因果関係が認められない部分があつたとしても国の違法処分と相当因果関係の存する限り損害の全部につき国は賠償の責任があることを主張し、その請求をする。この後の場合においては国と楠本とは別個の責任であつて連帯責任ではない。

(ニ)  国の原状回復義務による場合は、物件が五月七日の公売取消前に処分されたかその後に処分されたかに関係なく、全部の損害が賠償せらるべきであり、また楠本の不法行為責任、原状回復義務不履行の賠償責任と関係なく国は全部の損害を賠償すべきである。

(ホ)  違法処分による原状回復についての補述

違法処分による原状回復は、法律上その権利を回復するに止まらず、事実上従前のその権利状態に回復しなければならぬ。不動産について公売の取消により、実体法上原告の所有権が復元しただけではいけないので、登記の抹消、占有権の回復等完全に違法処分前の状態に復元せられねばならぬ。公売による所有権移転登記については、国は錯誤による更正登記の請求をなすべく、登記官吏に拒否されたならば異議の申立をなす等あらゆる方法を講ずべきであり、更正登記が不能とせば原告に代り登記抹消請求訴訟をなし、その費用を負担すべきである。

機械器具については国は楠本に対し引渡を請求して原告に原状を回復せしむべく、もし楠本において他に売却または毀滅せしめた場合は、国は原告に対し原状回復義務履行不能として損害を賠償すべきである。しかしてその履行不能は国の責に帰すべき事由によるものである。けだし国において公売取消を遷延せず、楠本の売却前に取消をしたならば原状回復をなし得たからである。

国は物件の引渡、登記抹消等の請求権行使の実定法上の根拠がないというが、国も自認する如く原告に代位してこれらの請求をなし得る。(後記国の陳述の六、参照)すなわち公売の取消により租税債権は回復したのであるから、その租税債権に基き原告に代位請求することができる。既に国に原状回復の義務が認められる限り、右債権者代位権に基いて登記抹消、物件引渡を転得者に対し訴求し、その実現を得た上で原告に復元すべきである。以上は原状回復義務として原告に負う義務であるばかりでなく、国がその租税債権の確保実現をはかるべき基本的義務である。(かかる義務を行わない結果他面租税債権が時効により消滅し国は損失を被ることとなつた。)

一三、本件における共同不法行為について。

共同不法行為の成立するためには各自に故意または過失があることを要するが、故意の者と過失の者との間に共同不法行為の成立することはいうまでもない。また被用者と一般人との共同不法行為においては民法第七一五条によつて責任を負う使用者と一般人との共同不法行為が成立する。すなわち公務員と楠本とが共同不法行為をした場合使用者たる国と楠本との間に共同不法行為上の連帯責任が生ずる。

一四、租税債務不存在確認の請求について。

原告は従来国に対し差押登記の抹消を求めて来たが、当審において(昭和三二年二月一四日の口頭弁論期日)これを取下げ新たに新訴を追加して租税債務の不存在確認を求める。従来の請求は租税債務の消滅を原因とした差押登記の抹消請求であり、新請求は租税債務不存在確認の請求であるから、請求の基礎に変更はない。もとより許容せらるべきである。

第一審被告国代理人の陳述

一、原告の登記抹消の請求の訴の取下に同意するも、これに代る租税債務不存在確認請求の新訴の提起に対しては異議がある。

二、原告の本件公売が超過差押公売、不当廉価公売であるから違法であるとする主張に対しては、従前の主張を維持するほか、次のとおり補充する。

公売の際に定められる見積価格は、公売物件につき最低公売価格を定め公売の施行によつて滞納者及び国の双方において不当に不利益を被らないよう適正な結果を得んとする趣旨に出たものである。国としてはあくまでもその公売手続によつて滞納者の税金を取り立てることを要し、その物件が公売以外の一般の取引によつて売買されるときの価格を以てしては到底入札者が得られないような場合であつても、その故をもつて公売を中止することはできない。極論すれば最終的にはいかに低い価格であつてもそれが現実の入札者の最高入札価格である以上はこれを以て公売せざるを得ない理である。ただ見積価格を定めることによつてできる限り入札者に不当に低い価格で落札する機会を与えないようにするのである。従つて見積価格は一般取引市場における取引価格あるいは取得価格から減損価格を控除した価格その他一般に考えられる各種の算定方法によつて算出された価格とは必ずしも一致せず、公売という手続の特殊性をも考慮に入れての最低処分価格であると考えねばならぬ。本件差押から公売に至るまでの経緯からいつても、また本件物件が現実の問題として原判決判示の価格ないしはこれを基準とした数百万円という価格を以て公売し得た筈であるとの適確な証拠は一つもない点から見ても、本件公売が不当に低廉な見積価格によつたものであり、その点から直ちに違法であるとすることはできない。

三、前記原告の陳述一二の(イ)2ないし7、(ロ)、(ハ)についてはすべて従前の主張を維持し、同(ホ)(国と楠本との連帯責任)の主張は否認する。

四、同一一(イ)の消滅時効の援用の主張に対しては、本件滞納にかかる租税債権は本件物件に対する昭和二五年三月九日(家屋)、同年九月二六日(土地)、同月二九日(動産)になされた差押により時効はその進行を止めていることを主張する。すなわち、右差押が取り消された事実はなく現に有効に存続しており、従つてその間に時効が完成することはあり得ない。仮りに右主張が理由なしとするも、原告は、昭和三一年三月六日の当審口頭弁論期日において、原判決事実摘示のとおり相殺の主張を援用し租税債務の存在を承認したのであるから、時効は中断したものというべく、当時時効が完成していたとすれば、右相殺の主張により時効の利益は放棄されたのである。

五、原告の租税債務に関する消滅時効の主張の理由なきこと右の如くであつて、仮りに、原告に対し国に損害賠償債務ありとするも、それと本件租税債権との相殺が法律上許されないこと国の従来主張しているとおりであるから、本件租税債権は現に存在するものであり、いずれにしてもその不存在確認を求める原告の請求は理由がない。

六、前記原告の陳述の一二、(三)(イ)ないし(ニ)(国の原状回復義務の履行としての損害賠償責任)について。

本件公売による法律上の効果は滞納者と公買人楠本との間に直接公売物件の所有権の移転を生ずるにあることは明らかで、国は公売物件についてなんらの権利関係(所有権はもとより占有その他の一切の権利関係)に立たない。

従つて公売取消の行政行為によりその所有権は直接滞納者たる原告に復帰するのであるから、その引渡、登記抹消等はすべて原告が所有権に基ずき請求すべきものであることは疑をいれない。国は租税債権者として滞納者に代位してこれらの請求をなし得ないわけではないであろうが、必ずこれを行うべき義務ありとはいえない。国が公買人やその転得者に対して原告の主張するような物件の引渡、登記抹消等の物権的請求権を行使し得べきものとする実定法上の根拠は存しない。従つていうところの原状回復義務不履行による無過失の金銭賠償責任を主張してなす原告の請求は失当である。

七、要するに本件公売手続において、その違法を招来するほどの公務員の故意または過失に基ずく行為は少しもなかつたのであり、むしろ滞納者たる原告の申出によりはじめて滞納者や入札者の間に入札の公正を害したと考えられる話合の事実が明らかと見られるに至つたので、これを理由として取り消したのであり、税務当局としてこれが真相の究明に当然必要とされる多少の日時を要したため、公買人たる楠本がその間において独自の判断によつて物件を処分したというのが事実であつて、その責任を国に追求するのは失当なること明らかである。

証拠の関係は、第一審原告代理人において、さらに甲第二六ないし第三六号証を提出し、当審証人上野重美、飯倉茂兵衛、長谷川福蔵、外山正道、尾崎利永、黒田大輛(第二回)の各証言及び原告代表者本人の当審における尋問の結果を援用し、乙第一三、第一四号証は不知である、と述べ、第一審被告国代理人において、さらに乙第一三、第一四号証を提出し、当審証人小栗明、島崎良助、小宮山生長、黒田大輔(第一回)の各証言を援用し、甲第二六、第二七、第三六号証の成立は認めるが、甲第二八号証の原本の存在と成立及び甲第二九ないし第三五号証の成立はいずれも不知である、と述べたほか、すべて原判決摘示のとおりであるから、ここに右記載を引用する。(ただし原判決二〇枚目表一一行目、裏七行目、裏末行にそれぞれ「高松礼之助」とあるのはいずれも「高松令之助」の誤記である。)

理由

まず原告の損害賠償の請求について判断する。(原審認容の限度における原告の楠本に対する損害賠償の請求は何人からも不服申立がないので、当裁判所はこれを変更することができず、従つて審判の要もないのであるが、右部分は、原告の当審における楠本に対する控訴並びに請求拡張部分と不可分であり、かつ原告の国に対する請求とも不可分ないし関連の関係にあるので、この点についての判断の範囲は原告の主張全部に及ぶ。)

武蔵野税務署長牛田幾慶(以下単に税務署長と略称する。)が原告に対する昭和二四年度給与所得税等滞納税金(その金額の点については後記参照)徴収のため、滞納処分として国税徴収法の規定により、原告主張の日にその主張の如く原告所有物件の差押及びその登記をなし、昭和二六年三月二二日その公売期日を同月二六日と定め、原告主張の物件を入札の方法を以てする公売に付する旨の公告をなし、公売期日に入札者たる楠本が六六万円で落札し、その旨公売決定がなされたこと(公売決定の日については後記参照)は、本件当事者間に争がない。(なお、当審昭和三一年三月六日附口頭弁論調書、原判決の事実摘示及び原告提出の昭和三一年一月二四日附準備書面によつて明らかな如く、原告は、原審以来、右のうち滞納税金額を二九二二七九円とし、その徴収のため前記差押がなされたとしてあたかも本件差押当時右金額の滞納税金があつたものの如く主張し、また昭和二六年三月二六日の公売期日に入札者楠本に代金六六万円で売却する旨の公売決定がなされた、と主張し来つたのであり、これらの点は被告らの争わないところであつたのを、当審においてはその陳述二、(イ)、(ニ)の如く「昭和二五年九月二六日の差押当時における滞納税金額は金二一七二七五円であり、昭和二九年一二月六日当時におけるそれが二九二二七九円なることは認める。本件公売の決定は昭和二六年三月二八日であつたと主張する」と訂正するというのであるが、ここではこの原告の訂正主張の当否については判断しない。)また原告主張の如く、本件公売当時においてその公売物件中に原判決添附目録(三)記載の如き物件及び原告が当審における陳述一〇でいう家具什器が存在したこと自体は、弁論の全趣旨に徴し被告らの敢て争わないところと認められる。(もし争う意思があるものとするならば、この点については、仮りに原告主張の如く以上の物件が存在したものとして判断を進める。)

まず原告は、国の公権力を行使する公務員なる税務署長のなした本件公売処分はその故意または過失によつてなされた違法のものであり、楠本の落札もまた故意または過失による違法のものであり、しかもこの違法の公売、落札は両者共謀してなされたもの、少なくとも前者の後者に対する教唆、幇助によつてなされたものである、と主張し、そして本件は、国の公権力を行使する公務員と楠本との原告の所有権を侵害した共同不法行為を原因として、国に対しては国家賠償法第一条、民法第七一九条により、楠本に対しては民法第七〇九条、第七一九条によつて、それぞれ損害賠償の責任をとう、というのである。原告がその所有権侵害の共同不法行為として具体的にどの行為を主張するのであるかを把握することは困難であり、現にたとえば、「公売処分は違法であり、かかる違法行為につき公務員に故意、過失があるから国に賠償責任があり、また本件違法処分は楠本との共謀または幇助であるから国及び楠本は共同不法行為責任がある。」(当審における陳述二、(ホ)参照)となす部分の如きその抽象的な表現を一見したところによれば、共謀または幇助によつて違法な公売、違法な落札がなされ、これによつて原告の所有物件が楠本の所有に移り、ここに原告の所有権の喪失ありとして、公売処分と落札そのものを所有権侵害の共同不法行為としてとりあげているが如くにも思われる。しかしかような趣旨であるとすれば、次に記載する如く、原告自ら主張して本件公売が昭和二六年五月七日税務署長によつて取り消されたとなすのが、すでに自殺的な主張となつてしまうし、(勿論公売処分が取り消されたからといつて、右公売処分が違法である限りこれにより原告が何らかの損害を被る場合のあるは考え得られるが、右公売処分が違法なるため当然無効である場合を除き原告のいうような所有権の喪失という結果を生ずるものでない。そして原告は当審において、右公売処分が当然無効であるとは主張しておらず、また仮りにその挙示のような違法ありとしても、それは単に取消原因たるに止まり、無効原因となるものではない。)原告が楠本の落札物件の転売のことを主張してその日時についての主張をかれこれと動かし、その日時と関連せしめて種々の複雑な主張を展開しているのも全く解すべからざることとなるわけであつて、原告の主張の真意が右の如くでないことはこれらの点だけからでも明白というべきであり、以下この点についての原告の主張の意とするところを探求するに次の如くである。

原告は、本件公売が昭和二六年五月七日税務署長によつて取り消されたことを主張し、「右公売処分取消が同年(昭和二六年)四月一日から同月一一日頃までになされていたならば原告は後記のような損害を被らなかつたのであるが、税務署長が原告の右公売処分取消申請の決定を故意に遷延したため、被告楠本をして右公売物件のうち(原判決添附の)別紙目録(三)記載物件を原告会社工場から同記載の日撤去、取り壊して同月二〇日頃保管中の機械器具を売却し、その他の物件は撤去、取壊の頃他に売却するに至らしめた。(もつとも、この楠本の処分時期に関する原告の主張は当審で訂正された。)因つて原告は右物件に対する所有権を失つた結果、その時価相当額の損害を受けたものである。」「原告の右公売処分取消請求に対し故意にその取消決定を遷延したため、被告楠本をして右公売物件を他に売却せしめ、その原状回復を不能にした。」(原判決六枚目表三行目以下及び八枚目表九行目以下参照)「税務署長は申出の理由あることを知りながら五月七日に至るまで取消をしなかつたもので、もし直ちに(昭和二六年四月一一日)取消をしたならば本件損害を生じなかつた。」「原告の取消請求に対して故意に取消決定を遷延し、よつて原告の原状回復を不能ならしめたもので、取消を遷延したことは故意なるも、もしそうでないとしても過失不作為による不法行為である。」(当審における陳述五、及び一二、(一)(イ)7(ロ)参照)と繰り返し強調しているのであつて、これらの主張並びに原告の全主張の趣旨を仔細に検討するとき、原告にその所有権の喪失という権利侵害とこれによる損害を与えたものとして原告の主張する共同不法行為なるものは、結局楠本の公売物件の売却行為とこれに対する税務署長の公売取消の故意、過失による遷延という加功、関与の事実を指称しているのであつて、公売処分の違法はもしかかる公売処分なかりせばその取消の遷延という事態もおこらなかつたであろうという意味において原告の所有権の損失という損害に対して原因を与えているということができるといつておるのにすぎず、また国の公務員の故意過失を推定すべき事情として主張しているものとみるのが相当である。

そこで右趣旨において共同不法行為が成立するかどうかにつき検討する。さて共同不法行為の成立するためには各人の行為がそれぞれ独立して不法行為の要件を具えていなければならないのであつて(教唆者、幇助者については、被教唆者、被幇助者に不法行為の成立することを要する。)、本来は加害者各人の与えた損害につきそれぞれ別個に責任を負うべき筈であるが、それをまとめて共同して責任を負うものとしただけのことである。ところで楠本が原判決添附目録(三)記載の公売物件全部を昭和二六年四月二五日頃までに他に売却したことは原告と楠本との間には争なく(当審における原告の陳述二、(ヘ)参照)、次に原告と国との間においても(原告はその当審における陳述二(ヘ)でこの点に関する国の原審における自白を援用する、と述べているが、国の自白なるものは存しない。)、同様に楠本が右物件を右同日頃までに他に売却したものと認めるのが、当審証人長谷川福蔵の証言、被告本人楠本進の原審における供述の趣旨並びにこのことが右の如く原告と楠本との間において争なき事実その他弁論の全趣旨に徴して相当であつて、右認定を動かすべき適確な資料は存しない。また原告の当審における拡張請求にかかる家具什器についての損害賠償の請求においても、原告の共同不法行為の主張内容は右目録記載の物件におけるそれと同様と見るべく、従つて原告は、これらの家具什器(当審における原告の陳述一〇参照)も楠本において昭和二六年四月二五日頃までに他に売却した、と主張するものとなすべきところ、このことは、楠本の原審における主張の趣旨から暗に自ら主張するものとなすべきであるし、そうでないとしても弁論の全趣旨に徴し少くともその明らかに争わないところであるから、右事実は原告と楠本との間には争がないのであり、原告と国との間においても楠本が右家具什器を昭和二六年四月二五日頃までに売却したものと判定すべきことは、前記目録記載物件につき右に説示したのと同様である。次に原告の主張によるも楠本に対する本件公売決定の日は昭和二六年三月二八日、そうでないとしても同月三〇日であるというのであり、そして原告は、本件公売処分は違法であるが、それが当然無効であると主張するものではない、というのであるから、(右が単に法律上の見解を述べたにすぎないものとしても、原告主張の違法が単に取消原因たるに止まることは、前に説明したとおりである。)楠本は、本件公売により右の昭和二六年三月二八日おそくとも同月三〇日公売物件の所有権を取得したものといわねばならない。けだし、国税滞納処分による公売の場合の公売物件の所有権の移転の時期につき特に規定の徴すべきものがないから、一般の売買の例に準ずるを相当と解すべきだからである。(国税徴収法施行規則第二七条の立云も同趣旨に出たものと見られる。)仮りに公売における物件の所有権移転時期が公売代金納入の時であると解すべきものとしても(原告は本件公売において公売代金が納付期限内に現金で完納されなかつたとして、このことを公売の違法原因の一つとして強調しているが、公売処分そのものの違法原因としての主張の当否は、原告が公売の無効を主張するものでないこと前記のとおりであるからここには問題とする限りでないが、右主張を強いて憶測すれば、公売による所有権移転に関して右の見解に立つた上で所有権移転を争う趣旨であるとも解せられる。)、成立に争なき甲第四号証によれば、本件において公売代金納付期限は昭和二六年三月三一日と定められたことが認められるところ、成立に争なき乙第九号証の一、二に原審証人斎藤栄三(第一、二回)、稗田博、戸崎文弥、高松会之助(第一、二回)、当審証人上野重美の各証言及び被告本人楠本進の原審における供述を綜合すれば、楠本は、右期限内に現金及び小切手を以て公売代金を支払い、右の小切手は昭和二六年四月三日までにはその支払がなされた事実が窺われるから(当審証人外山正道の証言及び原審における原告会社代表者岸本亀治の供述(第一、二回)中これに反する部分は採用しない。)、おそくとも右四月三日には楠本において公売物件の所有権を取得したものとなさねばならぬ。そのわけは、原告主張の如く公売代金の納入は現金を以てすることを要するものとし、従つて楠本の右代金納入が納付期限内になされなかつたことになるとしても、かような場合に収税官吏において国税徴収法施行規則第二七条の措置をとる前に(本件においてかかる措置がとられなかつたことは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争がない。)、前記の如くいわゆる期限後の納入がなされ、収税官吏がこれを受領したのである以上、右納入は有効で所有権移転の効果を生ずるものと解するのが正当であることは、これを有効視することが、利害関係人に損失もなく、むしろ手続を省略できて便宜である点から考えてもわかることであるからである。要するに、楠本は昭和二六年三月二八日か同月三〇日に公売物件の所有権を取得したもの、仮りにそうでないとしても同年四月三日にはその所有権を取得したものということになる。そして楠本が公売物件中の原判決添附目録(三)記載の物件及び原告が当審で主張する家具什器を売却したのは前記の如く昭和二六年四月二五日頃までのことであり、その売却の始の時期として原告の主張するところは、昭和二六年四月一六日となすのであり(当審における陳述二、(ヘ)参照)、また原告は、本件公売処分は楠本の右売却完了後なる同年五月七日に至つて取り消された、と主張するのであるから、楠本の売却なるものは、公売によつて所有権を取得した自己の物をその所有当時売却した行為たるに帰し、そこに楠本の不法行為の成立する余地はないわけであり、従つて右楠本の売却行為によつて(これを中心として)、税務署長と楠本との共同不法行為が成立するということももとよりあり得ない理である。

もしそれ原告の主張にしていわゆる適法行為を利用しての不法行為といつたものに類する共同不法行為、すなわち、税務署長その他の税務署員と楠本との双方の間において(その実質において違法な)公売と落札という手段を通じて原告の所有物たる公売物件を楠本の所有物たらしめ、次いで税務署長において公売処分の取消を遷延することによつて楠本の売却に加功、関与し、楠本は右落札により(その実質において違法に)取得した所有権に基ずき右物件を売却したという一連の手続を以てする共同不法行為を主張するにありとするならば、かかる手段、手続を利用しての共同不法行為なるものは、それがいわゆる目的行為である性質上相互に意思の共通または共同の認識がなければその成立を是認し得ないこと当然であるが、本件では公売落札を通じ、あるいはまた公売取消と売却との間において(右の全部に通じては勿論なるも)意思連絡の事実など認むべくもない。すなわち、原告会社代表者岸本亀治本人の原審における供述(第一、二回)によつては未だ右事実を認めるに由なく、他にかかる事実を確認すべき資料は存せず、却つて原審証人斎藤栄三(第一、二回)の証言によつて成立を認める甲第一四、第一五号証に原審証人斎藤栄三(第一、二回)、稗田博、当審証人小栗明の各証言並びに原告代表者岸本亀治本人の原審における供述(第二回)の一部を綜合し、かつ弁論の全趣旨に鑑みるに、原告の極力主張する如き共謀不法入札などの事実があつたことはなく、わずかに斎藤係長において公売完結直後原告の代表者たる岸本亀治からの強い要請によつて原告の公売物件の買戻のため落札人たる楠本との間をあつせんしたことがあるに止まるのであるが、公売後間もなく右岸本あるいは原告の代理人としての弁護士久保田峻からしばしば公売に不服を唱えその取消を要求し来つたので(当初異議の理由とするところ必ずしも明確でなく、やがて理由を附しての公売の取消を要求する旨の書面を以ての再調査の請求がなされるに至つた。)、右の異議を契機として税務署において種々調査をしたところ、入札参加人間に談合の事実が発覚したので(原告においてもこれに加わつたことがある。)、本件公売処分の取消をしたというのが真相であつて、その間故意に取消を遷延した事実などもとより存しなかつたというのが真相であることが認められる。して見れば、税務署長その他の公務員との一連の外形的適法行為を利用しての所有権侵害の共同不法行為なるものも、これを認める余地がないといわねばならぬ。結局共同不法行為を原因とする原告の請求は理由がない。

次に原告の主張する楠本の原状回復義務の不履行による責任並びに国の不法行為上の責任なるものに基ずく予備的請求について検討する。この点につき原告は、(1) 「仮りに共同不法行為が認められず、原判決添附目録(三)AないしFの物件については楠本は一応公売処分によつて所有権を取得したものであるからその撤去、売却は不法行為を構成しないとしても、公売取消によりその遡及効の故に原告に所有権が復元するから原状回復義務があるのに、既に楠本は撤去、売却して了つて原状回復ができないので、原状回復義務の不履行による損害賠償義務がある。この場合AないしFについては国は不法行為上の責任、楠本は原状回復義務不履行の責任がある。」(当審における陳述四、(五))とし、右にいう国の不法行為なるものの具体的内容を示すものとしては、(2) 「仮りに…………同目録AないしF記載の損害について、被告楠本に不法行為責任がないとするならば、右損害については民法第四一五条の規定により、賠償責任があり、被告国は原告の右公売処分取消請求に対し故意または過失によつてその取消決定を遷延したため、被告楠本をして右物件を他に売却せしめたのであるから、被告国にはその不作為によつて国家賠償法第一条、民法第七一九条の規定により賠償責任がある。」(原判決九枚目裏九行目以下)と主張し、その予備的請求なるものについて、(3) 「公務員と楠本とに共謀不法行為または教唆、幇助がなくて、単に公務員の過失である場合は、国は公務員の故意、過失による不法行為賠償責任があり、別個に楠本に不法行為上及び原状回復義務不履行の賠償責任がある。この場合両者は連帯責任ではない。」と要約するのである。右(1) 、(2) の主張は各当該主張の前後の関係から明らかなように、楠本が原判決添附目録(三)AないしFの物件は原告主張の本件公売処分取消(昭和二六年五月七日)の前に同目録のその他の物件はその取消の後にそれぞれ売却したとの主張(ないしは仮定的主張)を前提としてなされているのであつて、その趣旨は要するに公売処分取消前に楠本の売却した物件の時価について楠本に原状回復義務不履行の損害賠償責任があり、国に不法行為による賠償責任があるとなすものであるが、原告は当審において楠本は右目録記載の物件はAないしFのみならずその全部を昭和二六年四月二五日頃までに、要するに右公売処分取消前に売却したと主張しており、当審拡張の損害賠償請求にかかる家具什器についても同様の主張をなすものと見るべきであり、予備的請求としても同目録記載の物件全部並びに右家具什器についての損害賠償を請求しているのであるから、その予備的請求の要旨は、「楠本は公売処分取消前に右物件全部並びに右家具什器を売却したのであるが、『公売取消によりその遡及効の故に原告に所有権が復元するから原状回復義務があるのに、既に楠本は撤去、売却して了つて原状回復ができないので原状回復の義務の不履行による損害賠償義務があり、』『国は原告の右公売処分取消請求に対し故意または過失によつてその取消決定を遷延したため、被告楠本をして右物件を他に売却せしめたのであるから、被告国はその不作為によつて不法行為による賠償責任がある。』というにあるものと見るべく、少くとも右(1) ないし(3) の主張を通観し、なお原告の主張の全趣旨を検討するとき、部分的表現はいかにもあれ、原告の主張の本意は右の如くであると解する外はない。(部分的表現に着目すれば、たとえば、原告は前記(3) の主張において「別個に楠本に不法行為上及び原状回復義務不履行の賠償責任がある。」としてここに楠本の不法行為上の責任をも持ち来るのであるが、ここにいう不法行為についての具体的構成内容を明らかにすることなく、単に原状回復義務不履行と重畳させているのであつて、その不法行為なりとする事実が具体的にどの事実であるのかは知るに由なく、右(1) 、(2) の主張その他原告の主張の全趣旨に鑑みるならば、特段の意味はなく、結局「原状回復義務不履行」に意味をおくものと解せられる。もし公売処分の取消の遡及効により楠本の売却が結果において原告の所有物の売却ということになるということから、楠本の売却が不法行為となるというのであるならば、取消の遡及効に楠本がかつて――その売却当時――所有者であつたという現実の事実をも動かす力を認めるもの、ひいては不法行為の成立に必要な違法、故意または過失等の要件が行為後になつて遡及追完されるとなすものというべく、かかる見解はもとより採用の限でない。)以下前記趣旨における楠本の原状回復義務不履行、国の不法行為なるものについての原告の主張について判断する。

まず楠本に対する請求について判断する。本件公売処分が違法のものであるとして昭和二六年五月七日税務署長によつて取り消されたことは本件当事者間に争なく、楠本が原判決添附目録(三)記載の物件及び原告が当審における陳述一〇で主張する家具什器を右取消前たる昭和二六年四月二五日頃までに他に売却したものと認めらるべきこと前認定のとおりである。ところで原告主張の如く本件公売処分の取消により楠本の売却した右公売物件の所有権が楠本から原告に遡及的に復帰したとしても、楠本の右物件の売却なるものは右の如く右取消の前になされたのであつて、すなわち第三者(楠本からの買受人)の権利取得が取消の前になされた場合なのであるから、取消自体の効力(遡及効)によつて右第三者の権利も根本的に覆滅され、右の取消によつて生ずる物権変動はその対抗要件の具備などを問うまでもなく(第三者の権利取得が取消の後である場合には原告に対抗要件の具備を要するのと異る。)、絶対的に右第三者たる買受人に対抗し得るのであるから(解除の場合に解除前に権利を取得し対抗要件を具備している第三者が民法第五四五条第一項但書によつて保護されるのと異る。)、右物件は完全に原告の所有に回復されたものといわねばならぬ。念のため附言するに、楠本からの買受人の即時取得ということはこの場合にはあり得ない。原判決添附目録(三)記載の物件中の不動産であるLが即時取得の対象とならぬことは勿論であるが、この点を除外して考えても本件では楠本からの買受物件全部について右買受による即時取得ということは存しないのである。何となれば、楠本は公売によつて所有権を取得し、売却当時において自己の所有物であつた物を売却したのであるから、楠本からの買受人は有権利者から買い受けたのであり、従つて無権利者からの占有取得ということを成立要件とする民法第一九二条をここに持ち来る余地はないからである。そしてこのことは後に公売が取り消されたためその遡及効という法律上の効力として楠本にその売却当時に所有権がなかつたことになつたからとてかわりはない。けだし即時取得の成立するためには、その要件がこれによつて権利を取得すべき者の占有取得当時に具備されることを要するものなるところ、楠本はその売却当時においては現に所有者だつたのであり、公売の取消の遡及効なるものは、楠本が売却当時において所有者であつたという右の現実をまで抹殺するものではないからである。さらにこれを別の面たとえば即時取得の成立に必要な占有取得上の善意、無過失ということについて考えて見てもわかることである。すなわち、占有取得者が即時取得したかどうかは、その占有取得当時に、善意、無過失であつたかどうかによつてその当時において確定することであるのに、占有取得当時に現に権利者である者から占有を取得した場合には、占有取得当時そもそも善意、無過失の生じようがないのであるから、従つてこの点からしても即時取得しないことに確定しているのである。(勿論公売処分取消後において右買受人がさらに買受物件を善意の第三者に売り渡した場合には右第三者に対し即時取得の適用がある。)以上の如くであるから、原告は昭和二六年五月七日当時自己の所有に復帰した本件物件全部をその所有権に基ずき回収し得るに至つたものというべく、原告がここでその所有権喪失の具体的事実として主張、立証するところは、楠本が他に「売却した」とか「撤去、売却した」という限度を出ないのであつて、その回収が社会通念上困難ないし不能視されるなどの事実は少しも主張立証されておらないのである。(買受人からさらに買い受けた第三者に対し即時取得の規定の適用があるとしても、原告は右買受人に対し不当利得の返還または不法行為による損害の賠償を求めることができる。)して見れば、原告に所有権喪失の損害ありとすることはできず、右損害が楠本の原状回復義務の不履行によるものであるとして楠本の責任を問う原告の請求は根底において失当であつて排斥を免れない。

次に国に対する請求について判断するに、原告が本件公売処分が違法なりとして税務署長及び同署係官に対し昭和二六年四月一日以降口頭で、同月一九日再調査請求書を税務署長に提出してその取消を求めたこと、右公売処分が談合によるものとして前記の如く同年五月七日税務署長が取り消したことは原告と国との間に争がない。そこで公売処分が取り消されるまでの経過を検討するに、原告と国との間に成立に争なき甲第二六号証、乙第二号証、原審証人斎藤栄三(第二回)、稗田博、当審証人小栗明の各証言を綜合し、原告代表者本人岸本亀治の原審における供述(第二回)の一部及び弁論の全趣旨を附加して考えるに、次のように認められる。すなわち、本件公売後原告代表者岸本亀治あるいは原告の代理人としての弁護士久保田峻から公売に不満を述べてその取消を要求すること切なるものがあつたが、主としてはいわば物件取戻の経済的要求に急でその違法の理由としての主張は必ずしも明確でないというのが当初相当期間における実情であつて(その間岸本においては結局「談合は違法であつて、また自分の不利になるのだが、談合にして取り消してくれ。」と求め、久保田においては、「この入札には重大な欠陥があるから無効で取り消して太陽商社に落してくれ。」といい、しかもその重大な欠陥なるものはこれを明らかにしないという状態であつた。)四月一九日提出された再調査請求書には、公売の違法の事由が掲げてあつたが、それは要するに、本件公売では、公売物件についての抵当権者たる株式会社太陽商社に対し差押及び公売の通知がなされていない、また中止宣言をした入札を後日有効なりとした、というにあつた。(ちなみに、前者は原告において滞納処分の違法事由として主張し得べきことでなく、後者はかかる事実を認むべき証拠がない。)税務署長としては、原告の違法事由の主張はともあれ、原告からの再三の取消の要求があるので、詳細な調査をしたところ、結局公売期日において公売に参加した者の間に談合が行われた事実(原告もこれに加わり、物件取戻を企てたが結局意図する成果をあげ得なかつた。)が発覚したのであるが、談合行為の性質上確実な判断資料を短時日に得られず、事案が複雑で真相をたやすく把握できなかつたため入札関係者全員について調査したが、その供述区々で真相について確実を得るのに日時を要し、かような関係から五月七日に至つて真相確認の上談合行為を理由として本件公売処分を取り消したのである。以上のように認められるのであつて、右に認定した経過事実、事案の性質等から考えれば、右取消が原告の取消請求に対するものとしてはもとより、取消そのものとしても決して不当に遅延したものとなすことはできない。従つて税務署長の公売処分取消が故意または過失によつて遷延されたものとし、これがため楠本が物件を売却したのであるから国に不法行為上の責任ありとする原告の主張はその他の点につき判断するまでもなく失当であつて排斥を免れない。のみならず本件において原告に物件の所有権喪失の損害ありとはいえないことさきに楠本に対する請求について判断したとおりであるからいずれにしても原告の国に対する請求は理由がない。

なお原告は楠本が公売物件を売却した日時について前記認定(昭和二六年四月二五日まで)と異る日時を仮定し、この仮定の上に主としてはここで原告の主張する「楠本の原状回復義務不履行による賠償責任、国の不法行為責任としての賠償責任」に関して種々の理論、主張を展開しているが、右売却日時が既に前記の如く確定される以上、右仮定に基ずく理論、主張についてはもとより判断の要を見ない。

次に原告は、行政庁は違法な行政処分をなすべからざる義務を負うものであり、この義務に違反して行政庁が違法な行政処分をしたときは国は公務員の故意、過失がなくても違法の結果を除去して一切の状態を原状に復すべき原状回復義務を負うものであつて、行政事件訴訟特例法第六条がいわゆる抗告訴訟にその請求と関連する原状回復、損害賠償の請求の訴を併合し得べきことを規定したのも、右の如き原状回復義務、その不履行の場合におけるこれにかわる損害賠償義務なるものを認めたものであるとし、本件において公売物件は楠本の取壊、売却によつて原状回復不能となつたから国に右物件相当額の損害賠償義務があり、その履行を求めるという。よつてまず公務員の故意、過失なきに拘わらずいやしくも違法の行政処分がなされた場合、国に一切を原状に復すべき義務、あるいはこれにかわる損害賠償義務があるかどうかについて考える。原告主張の如く行政庁が違法の行政処分をなすべからざるいわゆる義務を負うものであることはいうまでもないことであるが、その義務に違反した場合にいかなる効果を生ずるかはまた別個に決せらるべき問題である。そして立法論としては格別、現行法上違法の行政処分がなされた国が原告主張の如き義務を負うものと解すべき根拠はなく、実定法上国にかかる義務はなきものと解すべきであることは国家賠償法の規定の解釈によつて自明である。けだし同法は公務員の故意、過失を要件として国の損害賠償責任を認めているのであり、従つてその反面において公務員の故意、過失を要件としない一切の状態を原状に復すべき原状回復義務もしくはこれにかわる損害賠償義務なるものはこれを否定しているというべきだからである。手続法たる行政事件訴訟特例法第六条の規定はなにも原告主張の如き原状回復義務、損害賠償義務を法認したものではなく、一般の実体法の規定によつて許されるこれらの請求(たとえば課税処分の取消を求めた場合の納付税金の不当利得返還請求、行政処分の取消を求めた場合の当該処分に基ずく国家賠償法の規定による損害賠償請求の如し。)について規定したのにすぎない。原告はまた、本件においては、公売処分が取り消され国の原告に対する租税債権は復活したから、国はこの租税債権保全のため原告に代位して原告の楠本に対する物件返還請求権等を代位行使できるから国に原状回復義務ありというが、仮りにかかる代位権が認められるとしても、国も主張する如くそれは権利なのであつて国に代位行使義務などないのであるから、原告のこの主張も問題とならない。原告主張の如き国の原状回復義務ないし損害賠償義務なるものが是認されないこと右の如くである以上、仮りに本件公売処分が違法であるとしても、右義務の存在を前提としてこれに基ずいてなす原告の国に対する損害賠償の請求もまたその他の点につき判断するまでもなく失当であつて排斥を免れない。

なお原告は、原判決添附目録(三)記載の(A)(二)及び(四)の器具は原告の所有であるが、仮りに原告の所有でなく中谷藤太の所有であつたとすれば、原告は同人から損害賠償請求権(あるいは不当利得返還請求権)の譲渡を受けたのであるから、予備的に国に対し右譲受債権について履行を求めると主張する。この点に関する原告の主張(当審における陳述二、(ト)参照)を仔細に検討すれば、原告自ら信託法違反の債権譲受を主張しているといえないことはないのであつて、かかる主張に基き譲受債権の履行を求めることの当否自体につき疑問がないではないが、この点をしばらくおくも、原告のこの予備的請求は次の理由によつて許されない。すなわち、原告及び国が当審で原審口頭弁論の結果として陳述した原判決の事実摘示を通観するとき右目録(三)の(A)(二)及び(四)の器具を含む本件公売物件全部がすべて原告の所有であることは原告と国との間には争のないところであり、そして当審でも、原告において一方的に「右(A)(二)及び(四)の器具につき国が原告の所有権を争う、として予備的請求をしている」にすぎないのであつて、国が特にその所有権を争う旨の弁論をしていないことは記録上明白である。従つて右物件が原告の所有であつたことは本件訴訟上当事者間に争なきことであり、確定しているのであつて、この確定事実と異る仮定の主張に基く予備的請求はもとより主張自体理由なきものとして排斥すべきである。

次に原告の租税債務不存在確認の請求について判断する。国は右請求の新訴の提起につき異議を述べるけれども、請求の基礎を変更するものでなく、またこれにより著しく訴訟手続を遅滞せしめることもないから、右異議を排斥し、新訴の提起を許容すべきものとしてその請求の当否について審究する。

原告は、昭和二六年三月三〇日現在における原告の国に対する昭和二四年度及び二五年度の給与所得税、同延滞金、督促手数料の債務合計二九二二七九円は、一応本件公売処分により徴収されたが、その取消によつて復活したところ、国はその権利を行使し得る時すなわち右公売取消の日たる昭和二六年五月七日以降五年間その行使をしないから、国の原告に対する右権利は、昭和三一年五月六日会計法第三〇条によつて時効消滅した、と主張する。ところで中断の点を除いて右権利について原告主張の日を起算日として時効が進行すべき関係にあることは国の明らかに争わないところであるから、次に国の主張する時効の中断について判断すべく、便宜上まず原告の承認による中断の点について検討する。

原審昭和二九年一二月六日附口頭弁論調書及び原告の同年六月二八日附「訴状訂正その他準備書面(原告第五回)」によれば、原告は、同期日において国に対する本件損害賠償請求権を以て国に対して負担する租税債務金二九二二七九円と対当額で相殺した上、その残額(もつともその一部)を請求する旨主張したものであることが認められ、また当審昭和三一年三月六日の口頭弁論期日の調書及び原判決の事実摘示によれば、国の主張する如く原告が同期日において原審口頭弁論の結果を陳述して原審における右主張をそのまま維持、陳述したことが明らかである。右によれば、原告は国に対し少くとも昭和二九年一二月六日の原審口頭弁論期日においてその負担する本件租税債務を承認したものと見るべきは疑をいれない。原告のなした相殺は右の如く確定的なものであり、租税債権の存在を認識してこれを表示したと見るべき行為が存するとなすべきは勿論だからである。(原告は昭和三二年五月八日附準備書面で判例を引用して反論しているが、自働債権と受働債権とをとりちがえて判例を援用するのであり、その独自の見解は了解し得ない。)ところで原告は、当審においては従前の相殺の主張を第一次には撤回したから(当審昭和三二年二月一四日附口頭弁論調書及び原告の同月一日附「第二回訴状訂正控訴趣旨訂正その他準備書面」によれば右の如き主張の第一次の撤回があつたことは明瞭である。)、訴訟上の相殺の主張によつて生じた相殺の私法上の効力は失われ、従つて承認の効力も失われた旨主張するけれども、相殺の私法上の効力が失われれば承認の効力も失われるとなす所論の採るべからざることは承認の効力が相殺の法律効果でないことを考えただけで十分である。訴訟上相殺の主張がなされそこに受働債権についての承認が存すると認められる場合、その相殺の主張が撤回されたことによつて既に効力を生じた承認そのものまで無に帰し去るとなすが如きは承認の性質を論ずるまでもなく、すでに承認が独立の行為であることを忘れた謬見である。以上によつて本件において承認の効力が失われたとする原告の主張の理由なきこと明白である。(なお、ついでにここに承認の撤回について考えるに、いうまでもなく、時効中断の理由たる承認は、権利の存在することを知れる旨の表示であり、いわゆる観念の通知である。時効中断の効果は法の附与するところで、中断の効果意思は勿論必要でない。かかる認識の表示たる承認の撤回ということ自体すでに観念上の矛盾であつて、無意味のことというべきである。少くともかかる一方的になされる認識の表示行為に対し法が相手方のため一定の法律効果を附与しているのに、その表示行為がなされ法律所定の効果が生じた後に任意にこれを撤回して右の効果を消滅せしめ得るというが如きは相手方の信頼を故なく侵害することを許容することであり、かくの如きは法の許容しないところと見るべきこというまでもない。要するに承認の撤回ということはそれ自体無意味であるし、少くとも法の許容しないところというべきである。)

然らばその他の中断事由について判断するまでもなく本件租税債権は昭和二九年一二月六日の原告の承認によつてその時効は中断せられ未だ時効の完成なきものというべく、次に原告は予備的に原審でなした相殺の有効を主張するというが(ただしこれに対応して特に予備的請求の趣旨は存しない。)、自働債権たる国に対する損害賠償請求権の否定さるべきこと既に判断したとおりであるから、右相殺によつては原告主張の国の租税債権を消滅せしめるに由ない。結局原告の租税債権の不存在確認の請求も理由なきものとして棄却を免れない。

以上の如くであるから結論は次の如くである。第一審原告の本件控訴並びに当審における拡張請求(金員支払請求並びに租税債務不存在確認請求共)はいずれもこれを棄却すべく、第一審被告国の控訴に基き、原判決中第一審被告国に対し金員の支払を命じた部分を取り消し、この部分についての第一審原告の請求を棄却すべきである。(原判決中第一審被告国に登記の抹消を命じた部分は当審における第一審原告の取下によつて消滅した。)よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九二条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

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